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Lyapunovベクトルを用いた大自由度カオス解析の新展開

Lyapunovベクトルとは?

カオスを特徴づける量として、軌道に与えた摂動の指数関数的な成長率であるLyapunov指数はよく知られています。一般に、$N$次元の力学系の場合、摂動の方向に応じて$N$個のLyapunov指数$\lambda^{(1)} \geq \lambda^{(2)} \geq \cdots \geq \lambda^{(N)}$が存在し(Oseledecの定理)、指数$\lambda^{(j)}$を与える固有の摂動方向として、Lyapunovベクトル$\pmb{v}^{(j)}$が定義されます[1,2]。Lyapunov指数は、単にカオスの強さの指標となるだけでなく、アトラクター次元や力学系的エントロピーと関係したり、大自由度カオスの示量性の定義にも使われたりする重要な量であり、数値的な計算手法[3]も確立しているため、大変よく調べられています。一方、Lyapunovベクトルは実用的な計算手法が長らく存在せず、その性質や役立て方は殆どわかっていませんでしたが、2007年、Ginelliらによって、大自由度系でも容易に計算できるアルゴリズムが開発され[4]、これを力学系研究に役立てようという機運が高まっています。(なお、Lyapunovベクトルが長らく計算できなかったという事情により、古い文献ではしばしば、Lyapunov指数の計算時に副産物として得られるGram-Schmidt直交基底がLyapunovベクトルと呼ばれる場合がありますが、これは本来のLyapunovベクトルとは質的に違うものです[4]。これと区別するため、正しいLyapunovベクトルは「共変Lyapunovベクトル」と呼ばれることがあります。)

Lyapunov指数とLyapunovベクトルは、いわば固有値と固有ベクトルのような関係ですから、指数と同様、Lyapunovベクトルにも、力学系が持つ様々な物理的性質が潜んでいるだろうと考えられます。例えば、Lyapunovベクトル$\pmb{v}^{(j)}$からは、一般に「各Lyapunovモード(不安定性モード)を担う自由度の空間構造」や「力学系が持つ双極性の程度」がわかります。前者は$\pmb{v}^{(j)}$のベクトル要素そのものですし、後者はLyapunovベクトルどうしがなす角度を測ればわかります。我々は、Lyapunov指数に加えてLyapunovベクトルも測って力学系の諸性質を調べる方法を「Lyapunovベクトル解析」と呼び、これによって、今までは調べられなかった大自由度カオス系の様々な性質を捉えられることに成功しています。

集団挙動Lyapunovモードの発見

大自由度カオス系に特徴的な現象として、個々の自由度がカオス的に振る舞っていても、全体としては協同的な運動が現れる、非自明集団挙動という現象が知られています[5]。我々は、こうした系でLyapunovベクトル解析をした結果、Lyapunovモードには、$\mathcal{O}(N)$個の「微視的モード」と、少数個の「集団挙動モード」の二種類が存在することを見つけました[6]。微視的モードはたかだか$\mathcal{O}(1)$個の自由度だけで実質担われているのに対し、集団挙動モードは系にある殆ど全ての自由度が寄与していることから(ムービー1)、両者はLyapunovベクトルの局在性を測ることで明確に区別することができます。集団挙動モードは、力学系の集団ダイナミクスの不安定性を特徴づけると考えられるため、これによって集団挙動の実効自由度や分岐構造などの基礎的理解が進むだけでなく、集団挙動の制御等といった応用面にも役立つのではないかと期待されます。

ムービー1: 集団カオスを示す大域結合リミットサイクル振動子(システムサイズ$64$)における、集団挙動モード(左、$j = 61$)と微視的モード(右、$j = 96$)の様子。各点は振動子を表し、その平均位置(赤丸)はカオス的な振る舞いを示しています。矢印は、振動子$i$におけるLyapunovベクトルの成分$v_i^{(j)}$を表し、その振動子が受ける摂動の向きと大きさを示します。集団挙動モード(左)では殆ど全ての振動子が摂動を受けているのに対し、微視的モード(右)ではごく少数個の振動子が摂動を受けるのみであることがわかります。両者は、Lyapunovベクトルの局在性がシステムサイズにどう依存するかを調べることで明確に区別可能です。[6]

散逸系の有効自由度の決定と慣性多様体との関係

Lyapunovベクトル解析のもう一つの応用例として、我々は、Lyapunovモードの双極性に着目することで、散逸系の有効自由度の数を数値的に決定できることを示しました[7]。散逸を伴う偏微分方程式系は、形式的には無限次元力学系ですが、その軌道は慣性多様体と呼ばれる有限次元の不変多様体に指数関数的に接近して、以降の時間発展は実質有限個の自由度によって記述できると考えられています[8]。現に、Kuramoto-Sivashinsky (KS) 方程式など一部の偏微分方程式系では、有限次元の慣性多様体の存在は数学的に証明されていますが、その次元の値や空間構造などは現状全く分かっていません。一方、直感的には、慣性多様体から飛び出すような摂動は、軌道に影響を与えることなく減衰することが期待されますから、慣性多様体内外でLyapunovベクトルの分離が見られるのではないかと考えられます。そこで我々は、KS方程式をはじめとする典型的な散逸系でLyapunovベクトルを計算し、ベクトル間の角度を測って、互いに接点を持つことがあるかどうかを調べたところ、Lyapunovモードには、互いに接点を持つ「物理モード」と、負のLyapnov指数を持ち、いかなる物理モードとも接点を持たない「余剰モード」に分離することを発見しました[7](図1)。これは、慣性多様体が接空間内で現れたものと解釈でき、物理モードの数は慣性多様体の次元だと考えられます。物理モードと慣性多様体の関係が数学的に証明されれば、慣性多様体の実体が数値的に初めて捉えられたことになり、基礎・実用の両側面で様々な研究に繋がるものと期待しています。

図1: 一次元KS方程式(システムサイズ$96$)における物理モードと余剰モードの分離。 (a) 二つのLyapunovベクトル$\pmb{v}^{(j_1)}, \pmb{v}^{(j_2)}$のなす角$\theta$の分布(括弧の中の値はインデックス$j_1,j_2$を表す)。一方のインデックスが大きくなると、角度$\theta$は$0$や$\pi$に到達しなくなり、両モードは接点を持たなくなります。この変化の閾値$j_{\rm ph}$はシステムサイズ依存性を調べれば正確に決定でき、$j \leq j_{\rm ph}$が物理モード、$j > j_{\rm ph}$が余剰モードとなります。(b) 閾値$j_{\rm ph}$は、Domination of Oseledec splittingと呼ばれる、有限時間Lyapunov指数の大小関係からも決定できます。図は、時間幅$\tau$で求めた有限時間Lyapunov指数$\lambda_\tau^{(j)}$の大小関係が破れる($j_1 < j_2$に対し$\lambda_\tau^{(j_1)} < \lambda_\tau^{(j_2)}$)時間の割合を表します。$\tau$が十分大きければ、余剰モードと物理モードの間ではこの大小関係が破れることがありません。[7]

大自由度系のLyapunovベクトル解析は、まだ様々な知見をもたらす可能性を秘めていますが、 それを実験系に対して実行することは現状不可能です。 我々は、大自由度の実験系においてこうした解析を実現すべく、 可能な手段の検討を始めています。

参考文献

[1] J.-P. Eckmann and D. Ruelle, Rev. Mod. Phys. 57, 617 (1985) [web].
[2] E. Ott, Chaos in Dynamical Systems (Cambridge Univ. Press, Cambridge, 1993).
[3] I. Shimada and T. Nagashima, Prog. Theor. Phys. 61, 1605 (1979) [web]; G. Benettin et al., Meccanica 15, 9 (1980) [web].
[4] F. Ginelli et al., Phys. Rev. Lett. 99, 130601 (2007) [web]; F. Ginelli et al., J. Phys. A 46, 254005 (2013) [web].
[5] H. Chaté and P. Manneville, Prog. Theor. Phys. 87, 1 (1992) [web].
[6] K. A. Takeuchi, F. Ginelli, and H. Chaté, Phys. Rev. Lett. 103, 154103 (2009) [pdf, web]; K. A. Takeuchi and H. Chaté, J. Phys. A 46, 254007 (2013) [web].
[7] H.-l. Yang, K. A. Takeuchi, et al., Phys. Rev. Lett. 102, 074102 (2009) [pdf, web]; K. A. Takeuchi et al., Phys. Rev. E 84, 046214 (2011) [pdf, web].
[8] P. Constantin et al., Integral Manifolds and Inertial Manifolds for Dissipative Partial Differential Equations (Springer, Berlin, 1988).

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