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細胞サイズゆらぎのスケール不変性

定常環境中における細胞サイズ分布の普遍的性質

原生生物やバクテリアなどの集団を顕微鏡で見ると、一つ一つの個体の大きさにばらつきがある事が見て取れます。こうした単細胞生物は、各個体が成長して分裂、成長して分裂といった周期を繰り返し、個体数を増やしていきます。その過程における成長率や分裂のタイミングには当然個体間のゆらぎがあり、集団として細胞サイズのゆらぎが発生します。最近では、この細胞サイズのゆらぎに関して、種をまたいだ普遍的側面があるのではないかと議論されています。例えば、定常的な成長環境でゾウリムシやミドリムシなどの原生生物の種ごとに細胞サイズ分布を測ると、当然各種ごとに典型的な細胞サイズが異なるため、分布の形状も異なります。しかし、個々の細胞体積 $v$ を各生物種 $i$ の平均体積 $V_i$ で正規化すると、共通した分布関数に帰着するような実験結果が報告されています[A]。それによると、生物種 $i$ の細胞サイズ分布 $p_i(v)$ が、異なる生物種に共通の関数 $G$ を用いて次のように表現されます。

$p_i(v) = v^{-1}G(v/V_i)$

このような性質はスケール不変性と呼ばれ、生物種 $i$ によらない普遍的な分布関数 $G$ が存在することを意味します。この発見は、細胞サイズゆらぎに対し、種の詳細によらない単純な物理的原理が働いていることを示唆しています。また定常的な成長環境中におけるバクテリアに対しても、各細胞年齢ごとの細胞サイズ分布が、異なる培養温度や細胞年齢をまたいでスケール不変性を満たす事が理論・実験で報告されています[B]。

スケール不変性は環境が変化しても成り立つか? 飢餓に陥る大腸菌の場合

ムービー1: 大腸菌MG1655のreductive division[1]。$t<0$ ではLB培地が供給され細胞が成長する。$t>0$ ではPBS(リン酸緩衝食塩水)によりLB培地が置換され、飢餓を引き起こす。
図1: 大腸菌の細胞サイズ分布のスケール不変性[1]。時刻0はPBS供給による飢餓が開始した時刻。各時刻におけるサイズ分布は異なるが(挿図)、縦軸と横軸をリスケールしてプロットした各時刻の $F(v/V(t))$ は重なっている事がわかる。

上記で述べた細胞サイズ分布のスケール不変性に関する研究は、いずれも定常的な環境が扱われてきました。しかし、微生物集団を取り巻く実際の系では、環境自体が時々刻々と変化します。そして、典型的な細胞サイズは、環境変化に応じて変化します。例えばバクテリアの場合、環境が悪化するにつれて細胞サイズが顕著に小さくなるreductive divisionという現象が知られており[C]、このように非定常的に環境が変化する系において、スケール不変性がどれほど頑健なのかはわかっていませんでした。

そこで私達は、広域マイクロ灌流系を用いて、成長条件から飢餓条件に切り替えたときの大腸菌のreductive divisionの様子を連続的に観察しました(ムービー1)[1]。十分な栄養条件のもとで大腸菌集団を増殖させた後に、供給する液を栄養を含まない緩衝液に瞬時に切り替え、飢餓に陥る大腸菌集団の細胞サイズ分布の時間変化を測定しました。すると、各時刻における細胞体積分布 $p(v,t)$ が、各時刻における平均細胞体積 $V(t)$ と関数 $F$ を用い、次のように表される事を実験的に見出しました。

$p(v,t) = v^{-1}F(v/V(t))$

つまり、非定常環境におけるreductive divisionの過程においてもスケール不変性が成り立つ事がわかったのです。このスケール不変性は、異なる成長条件・飢餓条件においても成り立つことが確認され、reductive divisionを模した数理モデルにおいても再現されることがわかりました。この結果は、外部環境よりも、細胞内の自己複製プロセスの仕組みの方が、より本質的に細胞サイズ分布の支配原理に関わっている事を示唆しています。

参考文献

(当研究室)
[1] T. Shimaya, R. Okura, Y. Wakamoto and K. A. Takeuchi, Communications Physics 4, 238 (2021) [web]; プレスリリース「変動する環境における、細菌の細胞サイズ分布にまつわる普遍性の発見」[link]; 学部生に伝える研究最前線「細菌の背くらべで探る 統計法則と集団適応」[link].

(他グループ)
[A] A. Giometto, F. Altermatt, F. Carrara, A. Maritan and A. Rinaldo, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 110, 4646 (2013) [web]
[B] S. Iyer-Biswas, G. E. Crooks, N. F. Scherer and A. R. Dinner, Phys. Rev. Lett. 113, 028101 (2014) [web]; S. Iyer-Biswas, C. S. Wright, J. T. Henry, K. Lo, S. Burov, Y. Lin, G. E. Crooks, S. Crosson, A. R. Dinner and N. F. Scherer, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 111, 15912 (2014) [web]
[C] T. Nyström, Annu. Rev. Microbiol. 58, 161 (2004) [web]

主に関わっているメンバー

嶋屋 拓朗

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